2021年8月21日土曜日

神の癒しと薬

神の力による癒しは医学による薬よりも遥かに優れています。神の癒しは超自然的で霊的です。それは神の力によるものであり、イエス・キリストを信じる人々に伴うしるしでもあります。神の癒しはキリストの弟子たちを通してもありました。もし、私たちがその弟子たちと同じような信仰の歩みをするなら、同じ神の癒しを体験する事になるでしょう。

その一方で、医学の進歩による現代の医療や薬の恩恵は大いにあります。私たちクリスチャンは医者や薬を否定するべきではありません。しかし、御言葉よりもそれらに信仰を置いて歩むべきでもありません。御言葉が私たちにとっての薬なのです。私たちは主を第一として生きるべきです。

様々な治療や薬の素晴らしい点は、それらによって多くの人々が少しでも痛みから解放される所にあります。また、薬による症状の抑制が働いている間に神が人の体に備えて下さった治癒力によって回復が促され、場合によっては命を伸ばす結果にも繋がります。そうして人々がより長く生きるなら、それだけ福音を聞くチャンスがあるのです。

信者としての歩み

キリストに従って歩む事とは、主日礼拝を欠かさないという事を超えるものです。単に神学校を卒業する事でもなく、献身者として地域教会で熱心に働く事以上のものです。それは、自らの成長の目標をキリストの身丈に置き、神の子として地上を治める生き方です。私たちがまだ成長している段階では、薬や治療の助けを賢く利用するべきでしょう。しかし、私たちは霊的に成長して行く中で医者や薬に頼らない生き方に辿り着くべきです。私たちの目指す所は御霊の命を表す歩みであるべきだからです。

「しかし私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。」へブル 10:39 

「イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリストを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられるご自分の御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだも生かしてくださいます。」ローマ 8:11 

薬との付き合い方

医学がもたらす薬や治療は、私たちの体に大きな副作用や負担をもたらすものは避けるべきでしょう。人類が多くの病気を克服できた背景には、神の恵みがあります。主は人々が福音を聞くチャンスがある前にも、少しでも苦しみや痛みから解放される事を望んでいます。ですから、主は研究者が神の知恵に気付くように働かれ、多くの病気に対する様々な救急処置を与えているのです。

しかし、神の癒しを知らずに、ただ医学による薬を通して人が回復する事は主の最善策ではありません。主が望んでおられる癒しとは、人がキリストの受けた打ち傷によって癒されるという信仰を通して働かれるものです。この癒しは完全な癒しです。しかし、人が神の癒しを受け取る事ができない状況においては、薬によって症状を抑える事も必要なケースはあるでしょう。

ですから、薬を利用する事は悪い事ではありません。そして、リスクの少ないものを優先的に賢く利用するべきです。リスクの大きい治療程、より神様の御心に遠い方法だからです。何故なら、主は私たちの体が総合的に健やかに保たれる事を望んでおられるからです。症状や痛みの緩和よりも副作用のリスクや犠牲が大きい治療法などは、本末転倒的なものであり、そういう類のものは主の御心に反しています。

大きなリスクを負う以外に対応できない病気などは、多くの場合、神の力によってのみ癒される類のものです。未信者の研究者が神の啓示にまだ気づいていない間は、神の癒しを最優先させるべきです。リスクが低く効果的に症状を抑える薬は、これからも発見されていくでしょう。しかし、基本的に薬は症状を抑える働きだけであり、後は神の創造した治癒力が人を回復させるのです。ただし、その治癒力で全ての病気が治る訳ではありません。敵のより大きな攻撃に対処するには、神の力に頼るしかないのです。そして、神の力による癒しには限界がありません。全ての病は主の打ち傷ゆえに癒されるのです。