2021年8月12日木曜日

神の言葉と癒し

聖書の神の言葉には、癒しについてどんな事が書かれているのでしょうか?最終的に私たちが頼りにするべきものは御言葉ですが、御言葉をどの様に理解するかが鍵となります。神学にこだわり過ぎて神の癒しを消極的に考えるのでもなく、あらゆる霊的な現象を全てウェルカムするべきでもありません。突き詰めて行けば、聖書の正しい理解・解釈が鍵となる訳ですが、どの教理もそれなりの正しさを主張します。

癒しについての解釈

神学の発展と共に解釈の数が多くなるにつれて、キリスト教の教派も増えて来ました。今日ほど神学が溢れている時代はないでしょう。しかし、もしあなたが信じている癒しの教理に違和感を感じているのなら、他の教理を調べてより正確な理解を得る事は、現状打破に必要な方法の一つでしょう。実際に、多くの人たちは神学が示す神の癒しに違和感を持っています。何故なら、それらの神学論は癒しに関して希望を与えるものではなく、再臨や終末論に希望を託しているものばかりだからです。また、主の御心は全ての人が癒される事ではないとするものだからです。ここに違和感を感じているのなら、自分で聖書を丁寧に読んでみる事から始めたら良いのです。

「この町のユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも素直で、非常に熱心にみことばを受け入れ、はたしてそのとおりかどうか、毎日聖書を調べた。」使徒の働き 17:11 

私たちは自分で熱心に御言葉を調べないで、何でも鵜呑みにして来ました。しかし、大多数が信じているものを信じていれば良いという事ではありません。あなたの信じている真理の理解に聖霊も同意しているか、あなた自身がその信仰を持つ事に平安があるか、そして時にはその信じている真理を弁証・証明する事ができるかも考えておくべきでしょう。何故なら、私たちはキリストの証し人だからです。

もし、今癒しが必要なら、癒しに関して聖書を読み直してみるべきではないでしょうか?それとも、地上で生きている間は病気になる事を当然の事だとして世の人と同じ様に諦めるべきでしょうか?クリスチャンであるなら、笑顔で歩むべきなのは誰もが思う事でしょう。同じ様に、クリスチャンであるなら病気ではなく健康で歩む方がより素晴らしいのです。全知全能の神を信じる者であるなら、天の御国にいずれ帰るのは当たり前なので、永遠に生きる事だけが圧倒的な勝利ではないはずです。癒しを含む圧倒的な勝利が神の子の上にもたらされるはずです。

「しかし私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。」へブル 10:39